美男美女だけが物語の主人公でいいのかな?

2011-03-04

「美しくない人や動物が、最後に美しくなって幸せになる」というお話は、世界中にたくさんあります。それらは、「美しければ幸せ、美しくなければ不幸」と言っているように思えるかもしれませんが、もともとは違う意味だったことも多いのです。たとえば、『みにくいアヒルの子』は、作者の生い立ちを表していると言われます。アンデルセンは若い頃、役者やオペラ歌手をめざして失敗し、愛する女性にはふられ、詩集を出版してもなかなか認められず、世間からのけものにされているようなつらさを、たくさん味わいました。そんな自分自身の体験を、「みにくい」という理由で仲間からのけものにされる灰色のひな鳥に重ね合わせた、というのです。『こぶとりじいさん』も、もともとは「欲のない人は幸せになり、欲張りな人は幸せになれない」という道徳的な意味をもつお話です。それが、いつの間にか「美しくなれば幸せになる」と受けとめられるようになったのは、多くの人が外観をとても重視するようになったからではないでしょうか。つまり、昔は「不幸に負けないことや無欲なことが善」という価値観だったのが、今は「美しいものが善」という価値観にすり替わってしまったわけです。「善」には、「よいこと、正しいこと」という意味があり、「悪」は「善」の反対語です。今では物語やマンガの主役は美少女と美少年ばかりになり、正義の味方は美しく描かれ、悪役はみにくく描かれるのが当たり前のようになってしまいました。

[参考]
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