忠告という体裁

2011-04-21

忠告という体裁をとりながら、その実は嫉妬心をうっぷん晴らししているような話、まったく賛同も賛成もできない価値観に基づく話、こちらが考えたこともないようなことで得々と説教されたとき、こうした話も聞いた後は脳のどこかで処理され、消滅してしまいます。忠告も説教も真摯に耳を傾けなければならない話と、そうではないものがある。きちんと聞くべき話は反省も込めて真剣に耳を傾けなくてはいけません。しかし、ストレスがたまるような嫌な話を聞いて、自分の士気を下げたり、人間不信に陥ることはとてもつらいし、元気が出ません。ですから悪い影響を与えそうなものは、どんどん捨てることにしているのです。入ってくるのは、元気になる言葉だったり、素敵な生き方の話だったり、向上につながる話だったり、勉強になる話だったり、知らなかったことを知る話だったり、自分をポジティブにさせてくれるものだけ。私にとってよい影響を与えてくれるかどうか。話を聞くときもこのようにシンプルに考えているから、いたずらに人の話に翻弄されることもないのだと思います。