気候風土が生んだ高床住居

2011-12-30

稲作の関係から、河川のデルタ周辺の湿潤な土地に立地したわが国の住居が、縄文時代の北方系の竪穴住居のほかに、弥生時代になって、新たに南方系の高床建築の流れをうけつぐ高床住居を完成させていったのは、住居の衛生上からも当然うなずけることである。しかし、竪穴住居→高床住居というように、ことはかんたんにすすんでいったものではなかった。さいしょに高床建築がつくられたのは、農耕民にとっていちばん大切な倉であったろうことは、当時の家屋の構造がえがかれている土器、銅鐸、家屋文鏡などからも推測することができる。

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つづいて、神殿や貴人の住居などが高床建築となってゆくが、しかし一般の農民の住居は、ながらくのあいだ、土間に藁(わら)や籾(もみ)をしいたような竪穴住居にちかいもので、そこには、現在みるような木造床などというものはなかった。